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母の思い出の旅 プラス

戦前生まれの母がいた場所

母の父(私の祖父)が仕事を色々転々とする人だったらしく、母はそれに伴い、色んな場所に住んだ経験があるらしい。

そんな中で、小学校の低学年には大阪の鶴橋に住んでいたと言う記憶があり、その後戦争で田舎に疎開して以来、鶴橋には行けず、一度行きたいと言う事をずっと言っていたので、今回一緒に行ってみる事にしました。

しかし、駅を降りたところで、いったいどこに行けばいいのかわからない状態から始まります。

 

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かすかな記憶ではガード下で遊んでいたとの事。

じゃあと、駅前から鶴橋駅前商店街をガード沿いに歩く事に。

 

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上にナンバーが降られてるんですが、これは番地でしょうか?

延々と続くので、どこまでだろうと歩いてみました。

 

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88番が最後でその後はただの高架になってました。

まあ、こうやって歩いても、母の記憶がよみがえる事はなく、70年近く前の事だから全く違う町になってるんだろうな~、とも思いながらぶらぶらしました。

その後駅に戻ってみると、その脇に鶴橋卸売市場を発見。

 

 

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この中を見て回りましたが、かなり独特の市場でした。

とても広い場所に所狭しとお店が並んでいて、たくさんの筋があるので同じ店に二度行くのは慣れないと無理そう・・・

ただ、色んなものが売っているので、一回りすればかなりの物が買い揃えられそうです。

 

昼食に入ったお店で聞く

色々歩き回りおなかも空いたので、駅からちょっと離れたところにあった和食さんに入って昼食をとりました。

そこが偶然、かなり年配の老夫婦が切り盛りしているお店だったので、母が、「こちらでお店どれくらいされてるんですか?」と切り出した所、30年との事。

それから、自分は昔このあたりに住んでたんだけど・・・と話をつづけたら、そこのおかみさんが、色々話してくださいました。

自分も小さい時からここにいるけど、そりゃ全然変わったとの事。

鶴橋卸売市場も昔は魚屋さん八百屋さんがある市場だったのが、後継者がいなくてやめていくお店が多く、その空いた場所には日本人じゃない人たちがお店を続けるようになり、あのような多国籍な市場になったとの事。

鶴橋と言うと焼肉って言うイメージがありますが、あんなに駅の裏に焼肉屋が増えたのも、ここ15年程ですよ、と言ってました。

自分たちで歩き回っただけではわからない事を聞けて良かったです。

 

ついでの難波観光

大阪に仕事で行く事は良くありましたが、難波を観光するなんて無く、良いチャンスなのでゆったりと歩いてみました。

法善寺の水かけ不動尊。苔むしてました。ビックリです。

 

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べたに、くいだおれ人形を眺め、戎橋を渡り、グリコの前で写真を撮り、道頓堀川沿いを歩いて本日の観光は終了です。

 

大阪、仕事で行く場所だったので、こんな旅も良いですね。

まだまだ見て無いところ一杯あります。又、観光に来ようと思いました。

大阪